第11回勉強会の感想など

みなさん、お元気ですか。安間です。勉強会を終えてのブログ記事を書いておこうと思います。

光遠会も早いものでもうすぐで一年目を迎えようとしています。私がこうした勉強会がどうしても必要だと感じる理由は、第一にはもちろん、教学の勉強を継続するということもありますが、なにより、気のあった仲間と、僧侶として生きていく上で日々感じていることを、教学上のことであれ、個々人の悩みであれ気づきであれ、それらを共有する場が是否とも必要だと感じるからです。会のメンバーそれぞれは、それぞれの生活があり、それぞれの考えがあり、興味の対象も悩みの内容も日々の体験も異なるでしょうけれども、僧侶という共通項でこうして集まって、それぞれのその瞬間の思いを共有することで、個人だけでとどまっていては到底思いも至らなかったような思考の筋道が生まれ、新鮮な空気が注ぎ込まれるように感じます。時に個人の中に篭って思考を熟成させることも大事、しかし、時にそうした熟成された思考を他者と共有させることも必要で、そうしたバランスが大事なのだと感じます。

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第十一回勉強会のお知らせ

虫の声に秋の訪れを感じます。朝夕は多少ともしのぎやすくなってきました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

慌ただしいお盆が過ぎ、今月はすぐ彼岸、彼岸が終わると報恩講で、すぐ年末。。はや今年のゴールが見えてきました。光陰矢の如し、時人を待たず。

さて、光遠会の第十一回目の勉強会の詳細は以下のとおりです。

日時: 2015/09/11(金), 18:00-20:00
場所: 難波別院 北広間(蓮師の間)
範囲: 宮城顗『大無量寿経講義 二十一』(大地の会, 1998), 第八十三講, pp. 57-78
発表者: 安間 観志

場所は前回同様、本堂右側の北広間(蓮師の間)となっています。

それでは、みなさま、万障お繰り合わせの上ご参加くださいませ。

東本願寺声明集レコード音源

東本願寺式務部監修の声明集のアナログ音源をデジタル化してみました。「すねいる」より販売されている 真宗大谷派声明集 とは別のもので、現在CD化などはされていないと思います。早引念仏讚など、少しめずらしい音源もあります。あまり保存状態がよくなかったので、デジタル化の際に多少ノイズが入ってしまっていますが、なんとか聴くことはできると思います。声明のお稽古の際にご参考になれば。

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第10回の学びを終えて。

こんにちは。はたちゃんです。

 

今回は六神通の内の天眼通、天耳通の願文を中心に学びました。

今回の発表にあたり初めて『無量寿経』を現代語訳の文章ではありますが、事前にざっと読み通してみました。するとその中に「独生独死独去独来」の前の文章にあたりますが、浄土に往生しようとしない人々の迷いの生活の姿が書かれているところがありました。その描写が現代の私たちの生活の有り様をズバリ指摘しているようでびっくりました。1000年以上昔に書かれた文章なのにそれがそのまま今の時代にも通じるものであり、昔も今も同じようなことで人は迷って来ているのだなぁと感じさせられるものでした。

所感として、敢えて不便にすることでお客さんとのコミュニケーションを取ろうとしているスーパーの例を挙げました。すると参加者から様々な意見が出てきました。

思えば寺に入る前までは、こんなに人生について語り合うということがあまりありませんでした。人との会話といっても上っ面の話が多かったように思います。こうやって真面目に人生や社会について話し合える仲間や場所があるというのは有難いことだな~と改めて感じました。私の家の周りでもだんだん一人暮らしの人が多くなってきていて、すごくにこやかで社交的そうな感じの人でも普段ぜんぜん人と会話をしていないという人が増えてきています。私の住んでいるような田舎でもそうなのですから、都会に住んでいる人たちは尚更でしょう。きっと仕事以外でのまともなコミュニケーションを取っている人は、今の日本においてかなり少ないのではないかと思います。ですから今こうやって、コミュニケーションをとれる仲間や場所を与えられているというのは当たり前ではなく幸せなことなのだと感じさせられました。

今回の願文は天眼通と天耳通と両方とも「天」が付きます。そして今回は10回目。会長もワニの手を食されました。全体的に「手ん」にまつわる学びでした。